この文章は歌わないアカペラサークル「ACAPPELLER.JP」と、アレンジ(編曲)を愛する人々が集うコミュニティ「アレンジャーの会」による企画「アカペラアドベントカレンダー」と連動するかたちで投稿する。12月1日から25日までの期間をさまざまなアカペラブロガーでつないでいこうという企画である。詳細はこちらをご覧いただきたい。
弊サイト「ボイパを論考する」は普段、外界との接触などほとんどなく、ボイパの存在意義について延々と独りごちているだけの、いかにも陰気な空間である。そんなサイトがついに、外部企画と接続することとなった。友達ができたのだ。運営を開始して1年8ヶ月、ようやくこの日が来てしまった。なんとも感慨深い。ぶっちゃけうれしい。っていうかしあわせ!!
そんなわけで今回はいつもより多くの人の目に留まるであろうことが予測できる。だから私はこのエントリで、「世間に訴えたくてたまらないこと」を書くことにした。
すなわち「有声音ボイパ愛」である。
「有声音/無声音」の強引さ
議論を始める前にまず、共有しなければならないことがある。「有声音ボイパ/無声音ボイパ」という二分法の“強引さ”だ。
これらの言葉を知らない人のために補足すると、「有声音ボイパ/無声音ボイパ」は文字通り、ボイパに声の成分を入れているものとそうでないものを表現する言葉であり、アカペラ界隈では共通言語として使用されている。かつてハモネプで「関東流/関西流」とも称されたこのカテゴライズは、視聴者に分かりやすさとエンターテインメント性を提供していた(当サイト「ハモネプの物語」で詳述)。
しかし実際は多くのボイパ奏者は「バスドラムのみ有声」「タムのみ有声」「音響環境によって声の分量を変化させる」など、有声音/無声音の区別を厳密にしておらず、この二分法を前提としてしまうのはあまりに無邪気である。
そこでこの文章ではシンプルに「有声成分を多分に含む音色を中心として構成されるボイパ奏法」を「有声音ボイパ」と定義したい。元RAG FAIR「おっくん」(奥村政佳さん)による音色などをイメージしてもらえればと考えている。
有声音ボイパプレイヤーはどこにいった
2001年10月、ボイパの歴史を変える大事件が起きた。「ハモネプスタートブック」の発売である。この本にはおっくんによるボイスパーカッションの演奏法が丁寧に紹介されている。当時中学生だった私はその音色をクラスの誰よりも早く再現しようと、付属CDを擦り切れるほどリピートした。
私の出身中学では、学年の何人かはおっくんと同じ「有声音ボイパ」を習得していた。全国のほかの学校でも同じ現象は起こったのではないだろうかと思う。なにせこの本、14万部のベストセラーとなっている(※1)。
時は流れ2019年現在、ライブ会場に行くたびに感じるのは「有声音ボイパ」奏者の少なさである。
かつてに比べてボイスパーカッショニストの平均的なテクニックは格段に上がった。はっきり言って私なんぞいまの学生さんの上手さにはほとんど歯が立たない。後生畏るべしという感じだ。しかし、無声音もしくはそれに準ずる演奏方法が圧倒的に多いのはやはりどうも寂しい。
有声音ボイパプレイヤーたちはいったい、どこにいってしまったのだろうか。そして思うのである。「有声音ボイパを、けっして絶やしてはならない」と。
強い訴求力
ここで再び、話を2001年の初期ハモネプに戻そうと思う。
ちなみに、私はこのサイトで偏屈といえるほど徹底してなんども初期ハモネプに言及している。なぜかというと、とりもなおさずボイパを日本に知らしめた最大のきっかけがハモネプであるからだ(※2)。しかしインターネット上にはハモネプ出演者への愛情を語る言説ばかりが飛び交い、「ハモネプがどのように文化や社会に影響を与えたか」について論じたテクストはほとんどない。
ハモネプを人文的な視点でとらえなおし言語化しておくことは、ボイパをさらに広く普及・定着させるための重要な仕事であると信じている。
話が逸れてしまった。話を初期ハモネプに戻そう。
2001年4月18日のハモネプ初回放送に登場したおっくんは、有声音ボイパによる8ビートを披露した。これが有声音だったからこそ、強い訴求力があったのではないかと私は考えている。
有声音ボイパはどのように鳴らされているのか、一聴しただけでは原理がわかりづらい。おっくんの8ビートを初めて見た視聴者はみな「口から信じられないような音を出している」と感じたはずだ。
他方、無声音ボイパは「ぱぴぷぺぽ」のように「破裂音の延長にあるもの」と直感的に捉えることができる。つまり「有声音はわかりづらく、無声音はわかりやすい」のだ。
炎上覚悟でひとつの仮説を立よう。最初にハモネプに出てきたボイパ奏者が「無声音」を演奏していたとしたら、視聴者にうまく訴求できず、現在のボイパブームは生まれなかったのではないか。
手が届きそうで届かない距離感
有声音ボイパを初めて聴いた衝撃はあまりにすごく、いま思い返しても鳥肌が立つ。しかもそれを演奏するのは、学生服で登場してきた「ごく普通の若者」であった(そして「普通の若者」が活躍する状況こそ番組の狙いだった。これも「ハモネプの物語」で詳述)。
そして、番組を見続けているうちに、どうやら特訓すれば誰にでも演奏できるらしいことも分かってきた。その後発売された「ハモネプスタートブック」を読んだ若者たちが、実際に有声音ボイパを身に着けていったことは前述した。
なお第1回大会へのエントリーは予選に各地区20〜30の応募(6地区計120〜180の応募?)だったが、第2回では各地区100組超(計600応募超?)。第3回大会には、全国から5000組ものエントリーがあったという。指数関数的だ。そしてその多くがボイパパートを取り入れていたことからも、ボイパ普及の様子が分かる(もちろん無声音の奏者もいたが、現在ほど大多数を占めていない)。
有声音ボイパの習得は、はっきりいって難しい。手が届きそうで届かない距離感がある。そして努力の末にあの音色を再現できたときの感動たるや筆舌に尽くしがたい。その絶妙な距離感こそが、人々をボイパに駆り立てたのではないか。
合コンでモテる有声音
私はよく有声音ボイパの魅力をだれかに語るとき「有声音は合コンでモテるぞ」と説明している。
有声音ボイパのメリットは音量調整ができることである。声成分を加えるほどに音量は増していく。ひらたくいえば「声が大きければ、大きな音が出せる」のだ。
たとえば合コンの居酒屋のようにざわざわした席において、「ボイパやってみて〜」という異性にたいして有声音で「ドン!ブ!クシー!」とでかい音でやると、「きゃーすごーい、すてき」となるのである(※唾を飛ばないよう配慮するのがポイントだ)。これが無声音ボイパの場合、音が小さくて喧騒にかき消される可能性がある。たいへん大きな機会損失である。
与太話に聞こえるだろうか。その通り、与太話である。しかし私はこういう非本質な戯言にこそ物事の本質があるという考え方を信仰しており(脱構築といいます)、当サイト「ボイパを論考する」はその哲学観に基づいて設計している。非本質と本質がつぎつぎと入れ替わっていくような文章を展開するのが当サイトの目標の一つである。
人をつなぐフレキシブルさ
「有声音ボイパの音量」について、おっくんは当サイトが2019年4月に実施したインタビューで下記のように話している。
有声音は、声が入るぶん大きな音量が出せるのも利点です。ぼくはずっとマイクのない環境でやっていたから、音量もバカでかいわけ。そんな音量が出ると、マイクや音響の性能は関係ないんです。
RAG FAIRとしてメディアに出始めたころは、テレビ局にボイパのPAをするような人はいなかった。マイクの特性も違う。だからテレビ局によって音量を変え、マイクの使い方も替えた。バスが弱いところは近接効果を活用したり。繰り返しますが、こういうフレキシブルさが強みだと思います。
またインタビューには盛り込んでいないが「飲み会の席でも聞いてもらえるような、大きな音が出せるのが強み」という話もしてくれた。音量調整ができ、フレキシブル(柔軟)であるからこそ、どんな局面でも力を発揮できるという。
おっくんは人とつながるきっかけを「有声音」によって得て、それがJAMの誕生やハモネプ出演などの縁につながった。有声音だからこそお茶の間に衝撃を与えたし、有声音だからこそアカペラ向けのPA体制が整っていない時代のテレビ出演時にも一役買ったのではないかと考える。
おっくんには有声音の魅力をいくつもご紹介いただいたので、詳細はインタビュー「人をつなぐボイパの『柔軟さ』」を読まれたい。
世界の中心で、有声音ボイパ愛をさけぶ
私はここまで有声音ボイパ愛を大いに語ってきた。しかしいくつか補足しなければならない論点がある。
まずは「地声の高さ」の問題である。多くの女性や変声期前の男女は低音域を発声するのが難しく、これまで挙げてきた有声音ボイパのメリットを必ずしも享受できるわけではないことに留保する必要がある。
無声音ボイパは文字通り声成分が必要なく、有声音と比べて広く門戸が開かれている。いずれ「無声音ボイパ愛」という題で文章を書いてみたいと考えている。
また冒頭で述べたとおり、「有声音ボイパ/無声音ボイパ」という二分法自体が強引さを伴っており、プレイヤーの可能性を狭めることにもなりかねない。大切なのは、奏者が身体的特徴(声の高さ等)や体調(口内炎・風邪等)、さらに音響環境に応じて、声成分の有無や分量を変化させ、より良い演奏を目指していくことだ。
それでも私は、「有声音ボイパ愛」を叫びたくてたまらないのである。なぜなら私自身も、いろんなところで有声音ボイパを披露したからこそ、交友関係を広げることができたり、つらい人生の局面で救われたりしてきたからだ。
有声音ボイパはきっとあなたの人生に変化と希望をもたらすと信じている。だからみんな有声音やろうね。たのむぜ。
次回はヤマタクさんルン!
冒頭で述べた通り本企画「アカペラアドベントカレンダー」は12月25日までの連続企画として続いていく。
次回は「ヤマタク」さんが登場する。「アカペラーかつアニメおたく」というすばらしい肩書の執筆者だ。
アニソンをアカペラで多録し、ハイペースでツイッターで放出し続けるたいへん魅力的なアカペラーである。予定されているブログタイトルは「アニメおたくのアカペラ布教記、アニソンバンド界隈突撃編。」。きっと熱い気持ちをおたくならではの早口まくし立て系文章で語ってくれることであろう。むろんこれは褒め言葉である。なぜなら私も同じ穴のムジナだからルン!!
次回もキラやば〜っ☆
☆本記事は基本的に敬称略。
☆文責は当サイト執筆者にあり、アカペラアドベントカレンダー運営者にはありません。
事実誤認等がありましたら当サイト連絡先からお願いします。
※1…「ハモネプSTORY BOOK」(集英社、2002.5)
※2…2001年9月放送のハモネプ第1回全国大会の視聴率は18%であり326万世帯733万人が見た計算になる。なお2019年6月放送のハモネプリーグの視聴率は7.2%で130万世帯293万人が見た計算だ。参考:https://keisan.casio.jp/exec/user/1388911981