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「ナギービート」は人々をふたたびつなげるか

 男女混声のアカペラグループ「Nagie Lane」(ナギーレーン、※1)が7月4日、『Dramatique』をリリースした。オリジナルソング5曲、カバーソング2曲からなるミニ・アルバムで、各音楽配信サービスでストリーミング・ダウンロード購入ができる

 私はアルバム収録の楽曲『ナギービートで唄わせて』に注目した。渋谷を拠点とし、1990年代を彷彿とさせるシティ・ポップを歌うNagie Laneが、現代において果たすべき役割を示した、すぐれた楽曲だ。

 

 この歌詞の中に「2000年は越えられない」という言葉が出てくる。この意味を読み解くことで、ばらばらになっている現代の私たちが、ふたたびつながるためのヒントが見えてきた。

 

 本論は当サイトの主題である「ボイパ」の文脈とはやや逸れるが、声だけで音楽を表現することの意味を考える、よいきっかけになるはずだ。

 『ナギービートで唄わせて』という名称は、じつはすでにNagie Laneが2019年6月に発表したミニ・アルバムのタイトルとして使われたことがある。

 同アルバムはシティポップソングのカバーを中心として構成されている。ピチカート・ファイヴ「東京は夜の七時」(1993)や、Awesome City Club「アウトサイダー」(2015)、LUCKY TAPES「レイディ・ブルース 」(2016)といったシティポップの今と昔を、魅力的なアカペラアレンジで楽しむことができる。このタイトルをあらためて冠した楽曲が、今回リリースされた『Dramatique』内に収録されたというわけだ。

 

 アップテンポで明るい曲調のなか、Nagie Laneのメンバー(もしくはNagie Laneを擬人化した若者)を主人公に据えた物語が描かれる。主人公がスマホを通して聴く楽曲はことごとく「既視感のある音楽」ばかり。それらを「ナギービートで唄」いたい、と希望を述べるストーリーだ。

 

 歌詞のみをみればいたってシンプルな構造だが、サビのなかで突如、リスナーをやや戸惑わせる表現が出てくる。「2000年は越えられない」という歌詞である。

 ここで示される「2000年」の意味を考えるヒントとなるのは、1990年代に音楽産業を牽引した「Jポップ」という概念と「渋谷系」のサウンドだ。

1990年代の「Jポップ」と「渋谷系」

 「Jポップ」という言葉は1988年〜89年頃、FMラジオ局のJ-WAVEが発明したといわれている。洋楽専門を打ち出している同局が「洋楽に負けない邦楽」を紹介する際に用いた概念だ。それから10年のあいだに、Jポップは隆盛を極めていくこととなる。

 

 1990年代のJポップのなかでひときわ存在感を示したのは「渋谷系」だ。当時の渋谷は、レコードショップがひしめき合う音楽の街だった。1990年11月には日本第一号店となるHMVがオープン。同店が力強く打ち出したコーネリアスや小沢健二、ピチカート・ファイブといったミュージシャンはひとつの「系」として流行をつくっていく。

 その後「渋谷系」とともに「ヴィジュアル系」「小室系」などが台頭し、Jポップは盛り上がり続けていった。その頂点が1998年だ。ミリオンセラーのCDシングルが14作。アルバムが25作。じつに4億5000万枚ものCDが世に放たれた。当時は、誰もが同じ音楽を聴く時代だった。

 しかしその年を境に、(「誰もが同じ曲を聴く」という意味において)Jポップは凋落の一途をたどっていく。その流れを決定づけたのが、インターネットの存在である。

 2000年は「IT革命」が流行語となったが、この頃から人々の興味や趣味は、怒涛のいきおいで多様化していくこととなる(その多様化の流れのさなかで「ハモネプ」が誕生するのだが、それはまた別の物語だ)。

 

 2000年前後はまた、パソコンの普及に伴い、自宅で音楽制作ができるDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)が急激に浸透していった時期でもある。

 批評家の佐々木敦は『ニッポンの音楽』(※2)のなかで、ゼロ年代(2000年代)以降を「中田ヤスタカの物語」であると指摘した。佐々木は中田をして「作詞―作曲編曲演奏録音ミックスマスタリングに至る全プロセス」を一人で行う「『オールインワン型プロデューサー』の完成形」と表現している。2007年には、ヤマハの音声合成システム「VOCALOID」の「初音ミク」が登場。中田の背中を追うようにして、日本中に「ボカロP」が生まれていった。

 

 リスナーも、プレイヤーも、急速にばらばらになっていく時代。その入口がまさに、2000年であったのだ。

 

 さて、ここまでの議論で、2000年にはひとつの断絶があることが見えてきた。だがまだ疑問は残る。Nagie Laneははたして、2000年の「なに」を越えられないのだろうか。

 この疑問を解き明かす補助線を引くため、私たちは『Dramatique』の3曲目に収録されている楽曲『楽器が買えないわけじゃない』の意味を読み解く必要がある。

「SNSの暗喩」としての「渋谷」

 『楽器が買えないわけじゃない』という楽曲は、渋谷駅周辺の再開発の描写からスタートする。

 渋谷駅の工事は「いつ始まっていつ終わるのか誰もわか」らない。駅から目線を移せば、ユーチューバーが闊歩し、「インスタ映え」を狙う若者がスクランブル交差点を撮影している。とめどない変化こそ、渋谷のアイデンティティであることが示されている。

 とめどない変化が生まれる「流行の発信地」の渋谷には、日々、多くの人が期待を寄せて集ってくる。しかし、にもかかわらず、人々は「一言も交わさずに」離れていってしまうのだ。

 

 この描写は渋谷のアイデンティティを映し出しながら、同時に、SNS時代を過ごす日本人全体の心境を描いているとも読み取ることができる。

 とめどない変化を追い求め、また「自分こそが変化を生みだす者だ」と言わんばかりに「いいね」を求める姿。しかしけっして孤独からは逃れることができない哀しさ。歌詞ではこの様子を「群衆が生む孤独」と表現される。そのうえでNagie Laneは、こう宣言するのだ。

 

楽器が買えないわけじゃないけど

歌ってるんだ

群衆が生む孤独に逆らいたいから

僕らの声で渋谷の街

シティポップに染めていこう

きみの心を溶かすハーモニー

(『楽器が買えないわけじゃない』より引用。強調は筆者)

 

 ここでいう「渋谷の街」とは前述の通り、SNS時代を過ごす人々の心境を暗喩した言葉だと考えられる。

 それではもうひとつのキーワードである「シティポップ」は何を表現しているのか。それは単に、Nagie Laneの演奏ジャンルを直喩しているだけではない。1990年代の日本にたしかに存在していたはずの「人々をつなぐ価値観」を示しているのではないか。

 「人々をつなぐ価値観」とはつまり、洋楽の対抗として生み出され、歴史上最大となるCD売上のきっかけとなった「Jポップ」の概念あり、HMVを発信源とした「渋谷系」である。

 

 しかし残念ながら私たちは、1990年代に戻ることはできない。「2000年は越えられない」のである。かつて人々をつなぎあわせたような、ひとつの価値観を生み出すことは、限りなく難しい。

 では、いったいどうすれば孤独に逆らうことができるのか。Nagie Laneはここで、ひとつの回答を示してくれている。「心を溶かすハーモニー」だ。

「ナギービート」とはなにか

 ここでいう「ハーモニー」とはもちろん、じっさいに声を重ねることのみを指すわけではない。ハーモニーを作り上げる過程で多く見られるような、心を開いて互いを思いやること、ときに指摘しあうこと、みずからの行動を反省することなどの全体だろう。「心を溶かす」という言葉が同時に語られたのが、その証左だ。

 これまで何度も述べてきたとおり、IT技術の革新などを通して、私たちはばらばらになってしまった。そんななか、人々をふたたびつなぐのは、どこまでもアナログなハーモニーと、ハーモニーをつくるためのプロセスなのだ。

 ハーモニーは、人の心を溶かすことができる。群衆が生む孤独に逆らうことができる。『楽器が買えないわけじゃない』は、そう信じたくなる、力強い楽曲である。

 

 さて、話を『ナギービートで唄わせて』に戻そう。

 曲の後半では「Aメジャーは誰のもの」「8ビートは誰のもの」といった疑問が投げかけられる。これは2000年以降、リスナーもプレイヤーもばらばらになるなか、シミュラークルが大量に生まれ、あらゆる価値観の所属が曖昧になる状況を表している。そして同時に、互いに「パクり」を指摘しあうことの虚しさも示されている。そんな状況において必要とされるのが、「ナギービートで唄う」ことだ。

 

 ナギービートとはなにか。それは、かつて人々をつなぎあわせた「シティポップ」や「渋谷系」といった価値観をアップデートした概念だ。その要となるのは、とりもなおさず、ハーモニーである。

 

 ナギービートは「群衆が生む孤独に逆らう」ためのひとつの方法だ。そして、だれもがそれを活用することができる。Nagie Laneは、きょうも美しいハーモニーで優しく語りかけてくれるのだ。「ナギービートはみんなで楽しむもの」だと。


■紹介・引用した楽曲

『楽器が買えないわけじゃない』

作詞・作曲:山口夕依

『ナギービートで唄わせて』

作詞・作曲:山口夕依

※2曲とも同じ方が作詞作曲されていることを、先日ご本人様から引用ツイートをいただけるまで知りませんでした。私がずばりこの2曲に惹かれてしまったのは単に偶然ですが、いずれにしてもグループの世界観を醸成するうえで欠かせない人物なのでしょう。

■参考

・Nagie Laneウェブページ(https://nagielane.com/

・佐々木敦著「ニッポンの音楽」講談社現代新書、2014年

・大澤聡編「1990年代論」 河出ブックス、2017年

 

アルバムのストリーミング・ダウンロードはこちら

 

※1…Nagie Lane・・・がっくん、ブリジットまゆ、れいちょる、みかこ、バラッチからなる男女混合アカペラグループ。2018年結成。モデル、トリリンガル、アレンジャーなど、多彩な才能が集結。シティポップを自由に操る新世代のアカペラグループとして注目が集まる。(ホームページより参照)

※2…「ニッポンの音楽 」講談社現代新書。2014年。同書は本論全体で参考にした。