1.地方にいながら、“面白いこと”と出合う仕組み

King of Tiny Room インタビュー

ACAPEPELLER.JPのウェブサイト。「いろいろな形で アカペラを楽しもう!」というキャッチコピーが、サークルの特色を一言で表している
ACAPEPELLER.JPのウェブサイト。「いろいろな形で アカペラを楽しもう!」というキャッチコピーが、サークルの特色を一言で表している

 

――まずは、King of Tiny Roomで最も代表的なサービスである「オンラインアカペラサークルACAPPELLER.JP」(AJP)について教えてください。2019年1月に発足して3年が経過しましたが、手応えはいかがでしょう。

 

吉田:2021年末の時点で60人ほどの会員が参加しており、これは発足時の想定をはるかに超える参加者の数です。

 立ち上げ当初に想像していた会員の人物像は、「アカペラに関連した”面白いこと”をやりたいけれど、やり方がわからない」という悩みを持つ人でした。より具体的には、地方に住んでいる方です。

 都会に住んでいれば、高い演奏レベルのアカペラライブが頻繁に見られるばかりか、活躍する同世代の奏者との交流も可能です。また、人口が多くいろんな種類の才能も集まってくるため、”面白いこと”とも出合いやすい。しかし地方では、都会と比べてその機会がどうしても少なくなります。

 この構造的な問題を解決するために、AJPを生み出しました。インターネットとさまざまなウェブサービスを活用することで、居住地に関係なく、多様な人を結びつける場をつくったのです。実際にスタートすると、地方に住んでいる方や、“面白いこと”を求める方の参加が多く、交流を楽しんでいただけていると思います。

 

――吉田さんやKTR代表の齋藤龍さんも、福島で大学時代を過ごし、地域格差を感じていたそうですね。

 

吉田:本当にたくさん感じていました。ライブ出演のため東京に遠征したときに驚いたのは、共演したグループのメンバー全員がピッチパイプ(※1)を持っていたことです。こちらは「ピッチパイプって何?」という状況でしたから(笑)。

 

 アカペラの地域格差を物語るのは、2021年夏放送のハモネプ(※2)に出場していた、沖縄大学アカペラサークルうたゆんに所属する「琉球グルーパーズ」のメンバーの言葉です。演奏前のVTRで「沖縄には琉球大学しかアカペラサークルがないので、練習方法がわからない。情報が入ってこない。内地に行くときは教えてもらいたい」と話していましたが、とても共感しました。これだけSNSが発達していても、地方に住んでいるというだけで、情報が手に入りづらく、トレンドがワンテンポ遅れてしまう状況を如実に示しています。

 

 私が福島大学のアカペラサークルにいた頃は、他大学の学生とグループが組めなかったことも大きな機会損失だったと記憶しています。他大学とは立地的に遠く、いわゆる「インカレ」が組みづらかったのです。サークル内のメンバーとばかりグループを組むのは、絆を深めるためにはよいでしょう。一方で、個人のスキルアップのためには、いつもとは異なる人と交流し、一緒に演奏する機会は大切です。

 AJPでは、つい狭くなりがちな地元の大学やサークルのコミュニティから飛び出して、遠くの人とつながるための「きっかけ」づくりをとにかく重視しています。きっかけさえ作れれば、あとはスマホが1台あれば、離れていてもセッションが可能な時代ですから。

 

歌わなくても活躍できる環境をつくる

 

吉田:アカペラグループの結成という観点で、もうひとつ、課題に感じていたことがあります。歌唱力のある人はいろんなグループから引っ張りだこになる半面、そうではない人は活躍の場がなかなか得られない現象です。

 

 「誘われる側」の人は充実したアカペラライフを過ごせますが、「誘われない側」の人はすごく大きなストレスを抱えていると思います。入部時に描いていた理想と現実のギャップで、アカペラが嫌いになったという人も少なくないはずです。

 もちろん前提として、「誘われる側」の人は、たくさんの努力を積み重ねてきた事実があるでしょう。とはいえ、そうした努力の方法や指針を自力で見定めるのは、難しいものです。例えば、幼少期にいい歌の先生と出会えた人と、そうした出会いに恵まれず一人で歌わざるを得なかった人とでは、同じ練習量でも実力に差はついてしまいます。

 

 AJPはこれらの課題を乗り越えるために、つまり、「誘われない側」の人が活躍できる場をどう作るかという視点で設計しています。

 アカペラに関わるためには、必ずしもうまく歌える必要はないというのが私の考えです。アレンジやミックスなどの能力に長けていれば、それを生かせばいい。音楽に限らずとも、写真撮影、画像編集、動画制作、イベント企画、語学、文章執筆といったスキルがあれば、それを求める人は必ずいます。つまり、歌わなくても、特技を生かして「アカペラは楽しい」と感じられる環境はつくれるはずなのです。

 

 AJPでは主に、掲示板とチャットを兼ねたようなウェブサービスの「Slack」(※3)を使っています。Slackの活用方法は、例えばこうです。雑談用の掲示板に、あるメンバーから「アカペラの歴史をまとめてみたい」という発言が出たとしましょう。話題が盛り上がりそうな気配があれば、専用の掲示板を新たに設置した上でプロジェクトメンバーを募り、実現に向けた話し合いをしてもらいます。議論がつまずくような場面があったときには、KTRがアイデアを出したり、専門性のある人を紹介したりといったサポートをします。このようにして、”面白いこと”の実現に向けた筋道を立てていくのです。

 

 いま例に出した「アカペラの歴史をまとめよう」というプロジェクトは、「ハモヒス」という名称で非常に順調に進んでいます。今ではKTRの運営がほとんど口を出さなくても、メンバーだけでプロジェクトは進んでいます。記事の質も高く、新たな発見も多いと思うので、ぜひ多くの方に読んでほしいです。

 

「ハモヒス」トップページ。チキンガーリックステーキの前澤弘明さん、元RAG FAIRの奥村政佳さん、シュガーズのIWAjIさん、ベイビーブーの瀬川忍さんらが登場している。リンクは画像から
「ハモヒス」トップページ。チキンガーリックステーキの前澤弘明さん、元RAG FAIRの奥村政佳さん、シュガーズのIWAjIさん、ベイビーブーの瀬川忍さんらが登場している。リンクは画像から

  

 「AJP学生編集部」も、とても良いプロジェクトです。大学2年生と3年生の3人が中心となり、アカペラの魅力や課題を伝えるサイトを運営しています。文章の端々から熱意が伝わってきますし、大人では気がつかない学生ならではの感性も感じられます。

 

AJP学生編集部のトップページ。「アカペラ✕就活」など学生ならではの視点で書かれた記事は、新鮮かつ読みごたえ抜群だ。リンクは画像から
AJP学生編集部のトップページ。「アカペラ✕就活」など学生ならではの視点で書かれた記事は、新鮮かつ読みごたえ抜群だ。リンクは画像から

 

 AJPはまだまだ課題があるとはいえ、「”面白いこと”をやりたいけれど、やり方がわからない」という方に対しては、何かしらのお手伝いできている部分があると考えています。

 

※1…ピッチパイプ・・・合唱やアカペラで演奏開始時の音の高さを知らせるために用いられる、半音階13音の調子笛。

※2…「土曜プレミアム・全国ハモネプリーグ大学日本一決定戦2021夏」として2021年8月14日に放送。「琉球グルーパーズ」は嵐「カイト」を披露した。

※3…米Slack Technology社が開発したビジネスチャットツール。仕事の生産性を高める目的で設計され、メッセージのやりとりやファイルの送受信はもちろん効率的な情報共有のためのあらゆる機能を備えている。