――北村さんと佐藤さんは、ともにボイスパーカッショニストでありエアトレイン奏者ですが、このような共通点がある方は、全国を探してもほとんどいないと思われます。お二人とも、ボイスパーカッションよりも先に鉄道の音まねを始めたそうですが、そのきっかけを教えてください。
佐藤卓夫(以下、佐藤):ぼくは物心がついたときから、環境音をものまねする癖がついていました。
育ったのは東急東横線の日吉駅と綱島駅の間あたりです。この区間は1990年代に高架化していますが、その少し前の時期でした。両親に踏切の近くまで連れて行ってもらい、目の前を高速で走る電車を見ていたのを記憶しています。駅やその周辺が変わっていく様子を見て、とても関心を寄せていました。鉄道音のものまねは、そうした環境が影響しているのかもしれません。
鉄道に限らず、アニメキャラのものまねなどもやっていました。人間は親のまねをしながら言語を覚えるといいますが、その感覚に近いものがあると思います。
北村嘉一郎(以下、北村):きっかけは佐藤さんに似ています。
ぼくの生まれは横浜市ですが、2歳のときに東京の五反田に引っ越しています。当時の五反田は現在ほど高いビルが多くなく、羽田空港から離発着する飛行機がよく見えたんです。それから、新幹線も遠くに見えて、山手線も見えた。京浜急行があり、都営バスも走っていて、非常に環境音に恵まれた場所だったんです。幼少期から、そうした音を声や息で表現していました。
当時は、音の大きな電車が多かったですね。特に、五反田から出ている東急電鉄の池上線はすごかった。その頃は3000系という電車が走っていたんですけれども、本当に魅力的でした。ちなみに佐藤さんは、この電車に乗ったことはありますか?
佐藤:悔しいことに、3000系には乗ってないんです。平成元年ごろまで走っていたと聞いていますが、なにぶん、まだ赤ん坊の頃だったので…。
北村:そうなんですか!ぜひ乗って欲しかったです。本当に音がすばらしかったんですよ。
じつは今日の対談に合わせて、3000系の録音テープを持参しました。のちほど佐藤さんにお聴かせしたいと思います。
なぜそんなテープを所有しているかというと、小学生の頃から小さなラジカセをあちこちに持ち歩いて、いろんな電車の音を録るのが趣味だったからです。
佐藤:ぼくたちの世代からすると、3000系は伝説のような存在なので、聴かせていただくのは本当にうれしいです。ほかにも、電車の音のコレクションはあるんですか?
北村:かなり貴重な音も残っていますよ。例えば、東京・長野間を通っていた特急あさま号が碓氷峠を越えていくときの音です。かつては碓氷峠の急勾配を引き上げてもらったり、下りるときに暴走しないよう抑えてもらったりするために、軽井沢で機関車を接続していたんですね。これを「協調運転」(※1) というのですが、一部始終を録ってあります。
ぼくがその電車に乗ったのは、新潟の新井にある叔父さんの家を訪ねることが目的でした。片道3時間50分の一人旅。小学生にとってはかなりの長旅のはずですが、ずっとワクワクしていましたね。
鉄道の音まねをやっていたのは、そうした乗車時のワクワクをいつでも再現したいという思いがあったからです。感覚としては、大好きな曲を飽きもせず何度も口ずさむのに似ているかもしれません。
――お二人に共通するのは「好きな音を自分自身のために再現したい」という思いが出発点となったことですね。その後、自分のためだけではなく人前でも披露していくようになったきっかけはありますか。また、どのようにして技術を向上させていったのでしょうか。
北村:人に聴かせるようになったのは、中学校に入ってからです。面白がってくれる同級生がいたので、徐々に人前で披露するようになりました。高校になってからは、体育の先生に気に入ってもらい、「おい、北村なんかやってみろ」と言われてクラスメイトの前で見せるのが恒例になっていました。
技術向上については、やはり「電車旅の雰囲気に浸りたい」という思いがモチベーションになっていましたね。本物っぽい音を追求するのは、ごく自然な感覚でした。
佐藤:ぼくが人前で演奏してみようと思ったのは大人になってからで、エアトレイン大会が行われているのを知ったのがきっかけです。この技術を披露することで、喜ぶ人がいるという事実そのものが、衝撃的でした。
最初に出場したのは2012年の「ニコニコ超会議」(※2)で行われた第1回世界エアトレイン大会です。そこで、運良く準優勝になりました。「もっと練習すれば、優勝できるかもしれない」と思い、自分のパフォーマンスを録音して何度も聴きなおし、クオリティを高めていきました。結果、その後たまプラーザで行われた5回の大会のうち4回優勝できたのです。
――佐藤さんといえば、鉄道音の再現力もさることながら、アナウンスの模倣力の高さも有名です。特に女性の声まねには驚かされるのですが、どのようにして身につけたのでしょう。
佐藤:あれは地声と裏声の間の声を使っています。身につけたのは大学時代です。カラオケで、音程の高い曲をたくさん歌っているうちに自然と出せるようになりました。
電車の到着や発進のタイミングでは、女性の声による自動放送が流れている最中に、男性の車掌による案内へと切り替わるケースがよくあります。そうしたシーンもこだわって再現しています。声帯を瞬時に切り替えるのはなかなか難しいのですが…。
また、アナウンスの声も鉄道会社ごとに異なるので、それぞれに似せた声が出せるよう練習を重ねていました。
東海道新幹線のエアトレイン。佐藤による女性の声のアナウンスものまねが聞ける
北村:最近では各鉄道会社のアナウンスが共通になってきていますね。電車の走行音も、共通規格が採用されて違いが少なくなってきました。以前は各社が競って独自開発していたのですが、現在は不景気のあおりを受けた対策なのでしょう。ぼくも佐藤さんと同じように、鉄道会社ごとの特徴をとらえて表現することに情熱を注いできたので、少しさみしさを感じます。
また近頃は、乗客もイヤホンをしたり、スマホに夢中になったりして、音に気を向ける人が少なくなっているように思います。それもまた、時代の流れとはいえさみしいですね。